小学6年生の長男は、この春で卒団を迎えます。3年生の冬からサッカーを始め、約3年間。20名近い同級生がしのぎを削るチームの中で、最終的に彼は「レギュラー」の座を掴み取ることはできませんでした。
親として「これほど努力しているのだから、報われてほしい」ともんもんとした時期があったのは事実です 。しかし、私たちはある時期から「自主練の目的はレギュラーを目指すことではない」という共通認識を持ち、親子でサッカーに向き合ってきました。
(※レギュラーを目標に設定して頑張ることや努力することを否定するものではありません。あくまでうちの場合の話です。)
卒団を目前にした今、ベンチかレギュラーかという議論以上に大切な「本質」について、我が家なりの考えを整理します。
1. 「努力の結果」は試合の出場時間だけではない
自主練の量はチームで一番だったという自負があります。息子が3年間ボールを蹴り続けた日々。
その時間は、レギュラーという「結果」には結びつかなかったかもしれません。しかし、その過程で彼が手に入れたものは、スコアボードには表示されない、しかし確実にそこに存在する「本物の力」でした
1. 基礎技術の逆転:静かなる圧倒
試合の勝敗を分けるスピードや体格では、まだ同級生に一歩譲る場面があります。しかし、ひとたび「鳥籠(パス回し)」や「基礎練」という、純粋な技術精度が問われる場面になると、景色の色は一変します。 何万回と繰り返したトラップ、狙ったところに蹴れるキックの正確性。そこにあるのは「レギュラー陣に引けを取らない」どころか、チームの誰よりも静かに、そして確実にボールを支配する姿です。コツコツと積み上げた足元の技術は、今やチームでも上位の技術に達しており、それは彼が流した汗の量と正比例しています。
2. 「やり抜いた」という揺るぎない自己肯定感
「チームで一番自主練をした」という事実は、誰にも奪うことのできない彼だけの聖域です。 監督から与えられる背番号は、時として運やタイミングに左右されます。しかし、自ら課したメニューを毎日やり抜いて得た「自信」は、誰かに与えられたものではなく、自分の手で掴み取ったものです。この揺るぎない自負は、これから先、彼がサッカー以外の困難に直面したとき、「あの時あれだけやれたんだから大丈夫」という、人生を支える強力なバックボーン(武器)になると確信しています。
3. 客観的な上達:比べるのは「昨日の自分」
私たちはつい、隣を走る子とわが子を比べて一喜一憂してしまいます。しかし、真にフォーカスすべきは、過去の自分をどれだけ圧倒できたかという一点です。 3年前、おぼつかない足取りでボールを追いかけていた頃と比べれば、今の身のこなしや一瞬の判断の質は劇的に、そして美しく向上しました。他人の物差しで測る「成長」ではなく、自分の限界を少しずつ押し広げてきたその軌跡こそが、何物にも代えがたい成功体験なのです。
4. 猛者たちが認める「本物の手触り」:エグい、やばい。
親として一番胸が熱くなったのは、チームの主力として活躍する子たちからの言葉でした。 県トレセンに選ばれるような、いわゆる「本当に上手い子」ほど、息子の繰り出す何気ないボールタッチの凄みに気づき、素直に驚いてくれるのです。「今のタッチ、エグ!」「今何した?やば!」——。 その技術が、どれだけの反復練習の末にたどり着いた境地なのかを、同じレベルで競い合う仲間だからこそ肌で感じ取ってくれる。息子が「褒めてもらえた!」と満面の笑みで練習から帰ってくる姿を見るたび、彼の努力は「わかる人には届いている」と、救われるような思いがしました。
2. RPGのスタート地点:マサラタウンで「最強」である必要はない
サッカー人生を壮大なRPGに例えるなら、小学生年代は「マサラタウン」や「アリアハン」といった、物語が始まる最初の町に過ぎません。
- 成長曲線の違い: 身体能力や成長スピードは人それぞれです。今、体格やスピードで負けていたとしても、それは単に「成長のタイミング」が今ではないだけかもしれません。
- RPGのスタート地点: 小学生年代のサッカーは、RPGで言えば「マサラタウン」や「アリアハン」のような始まりの町です。ここで最強であることよりも「次のステージへ進むための装備(基礎技術)」をどれだけ整えたかが重要です。
- 真の勝負はこれから: コツコツと積み上げた技術は、体が成長し、戦術理解が深まる中学・高校年代で必ず爆発的な伸びを見せます。
3. サッカーを通じて獲得した「非認知能力」の価値
プロ選手を目指すかどうかにかかわらず、自主練に費やした時間と情熱は、サッカー以外のあらゆる分野に応用可能です。
- 課題解決能力: 「どうすればトラップが止まるか?」「どうすれば正確に蹴れるか?」という試行錯誤のプロセスこそが、ビジネスや学問における問題解決の土台になります。
- 継続する才能: 誰も見ていないところで努力を継続できる力は、大人になっても手に入れるのが難しい「希少な才能」です。
- 健全な精神性: 他人と比べるのではなく「自分の成長にフォーカスする」というマインドセットを持てたことは、これからの長い人生において彼を支える大きな盾となるでしょう。
まとめ:家族でサッカーを「たのしみ切る
卒団まで残りわずか。
実際のところ本人がレギュラーになれなかったことをどう考えているのかはわかりません。
悔しさがあるかもしれないし、案外気にしていないのかもしれません。
どちらにせよ、この経験は彼がさらに大きく飛躍するためのエネルギーになると信じています。大事なのは、「努力した過程を親が肯定し続け、本人がサッカーを嫌いにならずに次のステージへ向かうこと」ではないでしょうか。
これからも他人との比較ではなく、過去の自分を更新し続ける息子の背中を、一番のファンとして応援していこうと思います。
家族で、最後までこのサッカー人生の序盤戦を楽しみたいです!!



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